Elephant in the Room

フィクションと死と医療をつなぐ実験的ブログ

記憶にかたちがあるなら

 半年前に書きかけていた下書き原稿。書いたことも忘れかけていたが、せっかくなので手を加えて出してみる。

 

 記憶に、もしかたちというものがあったとしたら・・・自分なら、いったいどんなコトバで例えるだろうか。

 

 霧とか朝もや。いや、これもありふれた表現だろうか。

 

 モンキー vol.2 特集「猿の一ダース」から、川上未映子さんの短編「彼女と彼女の記憶について」は、ここで取り上げたい印象的な作品である。

MONKEY Vol.2 ◆ 猿の一ダース(柴田元幸責任編集)

MONKEY Vol.2 ◆ 猿の一ダース(柴田元幸責任編集)

 

 

 徐々に遠い記憶が蘇っていく過程が、とても鮮やかに描写されていく。同窓会に参加して、忘れていた過去が少しだけ紐解かれる。

 そして、遠い記憶と同級生の死が、トイレの洗面台でつながっていく。

 

 恥ずかしながら、私も泥酔して記憶がなくなり、翌朝に前日のことがよく思い出せずに困った経験がある。今となっては、驚くべきことに、ほとんど酒を口にしなくなってしまったが、当時の経験を追想するかのようだ。

 残念ながら同窓会の経験は少ないが、郷里からとんと離れてしまった今、参加したらこうなるだろうなあ、と思うところもある。

 

 記憶とは不思議なものだ。どこまでが事実なのか。

 そもそも、記憶とは何なのか。実体、といったとしても、手にとれるような何かがあるわけではない。人々の中に残る現象、ともいえるが、そもそも現象自体が同じものではないし、変質していくものだ。

 それでは、共有する人々に共通する現象、とか現象の共通基盤、といってみても、そもそも共通ではないだろう。

 

 作者は記憶を、ある日突然、人から手渡されるような箱にたとえている。そう、記憶は私に属していないものなのかもしれない。

 

 Copyright © 2003, 2007-2017 地域医療ジャーナル