Elephant in the Room

フィクションと死と医療をつなぐ実験的ブログ

死は遠くにあるものか?

 そもそも、このような世界に足を踏み入れることになった発端は、ぶらり立ち寄った池袋の書店で手にした一冊の本だった。

死という鏡

死という鏡 この30年の日本文芸を読む (講談社文庫)

死という鏡 この30年の日本文芸を読む (講談社文庫)

 本書の「はじめに−やさしくて、ほの明るい、無常の文学」の冒頭。

 二〇〇八年、父が亡くなりました。

 その後、本人を交えて余命告知されたことが記されている。告知の方法が大きく変化しているという経験を踏まえ、日本においては死に対する姿勢がこの30年で大きく変化しているのではないかと指摘している。

 その理由として、高齢化が急速に進んでいることだけを挙げることは早計だ。筆者はこのように述べている。

 この三十年かけて、日本社会は懐の奥で死のありかをまさぐりつづけ、死の感触を探りつづけ、その結果、死を白昼にとりだして、ようやく死の重要さを再認識できるようになったのではないか。

死のありかをまさぐりつづける

 「死から最も遠ざけられた世代」が「作品を死でまみれさせていた」作品群にはどのように死が描かれているのか。医療に関わるものとして、たいへん惹かれるものだ。そして、医療に携わるものが、そういった準備を十分していないだろうことについては、いささか問題があるように思えた。

 本質的には、医療はユーザーの声を聞くことができない。
 死は遠くにあるもの。経験した人からの意見を聞くことはできないのだ。

 そこで、このような「死のありかをまさぐりつづける」ということが一体どういうことなのか、理解するためには文芸の力を借りるしかないのではないだろうか。そう理解して、最初に手にしたのが本書で最初に紹介されている「羊たちの冒険」(村上春樹作)である。

 そして、途方もないフィクションの世界へ魅了されていくことになる。

 Copyright © 2003, 2007-2017 地域医療ジャーナル